西    尾    城    


【本丸丑寅櫓】
別  名西条城・鶴城・錦丘城
所在地愛知県西尾市錦城町
築城年月承久年間(1219〜22年)
築城者足利義氏
主要城主今川氏・松平氏
城郭様式平城
遺  構本丸・井戸・堀・土塁
西尾城は永禄3年(1560年)頃三河体制の維持のため牛久保城主牧野新次郎成定によって守られていたが、翌年には松平方の酒井雅楽助正親に攻められ落城した

天正18年(1590年)徳川家康の関東移封後田中吉政が入城し、以後城主は代わり明和元年(1764年)に松平氏が城主となり明治に至った

考察・感想
本丸丑寅櫓の観覧は16時までのため注意が必要
この付近は建物が日本風になっているのが気に入った(トイレまでも)
町中に碑が建っているようでここだけでなくあっちこっち見て回るのもいいかも
駐車場
無料駐車場有
目標物
錦城体育館
アクセス
名鉄西尾線の「西尾駅」を降り、左斜め前の道を進みます
交差点に出たら右方向に進むと、左側に商工会議所がありますのでここを左折すると右側にあります
城址碑です 堀です

本丸表門跡です 本丸井戸です

鍮石門です。中柵門、玄関前門とも呼ばれていた 土塁です

丸出丸です。白砂部分が堀跡で二重の堀となっていた 姫丸辰巳櫓跡です

旧近衛邸です 大手門跡です

津留ヶ崎門跡です 姫丸門跡です

三之丸新門跡です。搦手の役割があり、内枡形の門であった 須田門跡です。水運交通の要所であった平坂湊に通じる門であった

東之丸太鼓門です 丁田門です。東部地区に通じる門であった

天王門です。門と土塁がありその間には柵があった 追羽門です

深谷家屋敷です 勘定所・地方役所です

大給町武家屋敷です 西尾城主松平家の墓です

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