知    立    城    


【城址碑】
別  名
所在地愛知県知立市西町
築城年月
築城者
主要城主氷見氏
城郭様式平城
遺  構城址碑
知立城主は知立神社の代々の神官であった

13代神官氷見貞春は保元・平治の乱に朝廷側として出陣し北面の武士として院の護衛にあたった

貞英の代になると妹は水野信近(信元の弟)の室となり貞英は水野忠政の娘を妻としお万の方をもうけた

お万の方は天正元年(1573年)家康の側室となり男子を出産した。後の結城秀康である

永録3年上洛の軍を起こした駿河の今川義元は5月17日知立城に入ったが桶狭間の戦いで今川義元が討たれた

義元討死を聞いた知立城の守将瀬名親範、朝比奈泰能、三浦義鎮は一戦も交えず城を捨てて駿河に逃げ帰ってしまった

知立城は今川勢敗走のとき織田方により落城した

天文年間に刈谷城主水野忠重が織田信長のために知立城跡に御殿を建てた

考察・感想
遺構は何も残っていないのが残念である
城とは関係ないが、ここ知立に来たら大あんまきを是非食べて欲しい
今はいろんな種類がありおいしいですよ
駐車場
目標物
岡崎信用金庫
アクセス
名鉄名古屋本線の「知立駅」を降り、北東に進み最初の角を左折します
交差点「宝町」を右折し国道155号に入ります
そのまま進むと岡崎信用金庫があり、その裏に児童公園があり、ここが城跡です
古図です 御殿跡の碑です

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