肥田城は高野瀬隆重によって築城され、三代秀澄の時永禄3年(1560年)に浅井氏と通じたため六角定頼・義賢の攻撃を受けた
永禄12年(1569年)織田信長に敗れ開城となり、天正2年(1574年)には蜂屋頼隆が入り、天正11年(1583年)には長谷川秀一が入ったが、文禄の役で朝鮮で病死したため慶長年間(1596年〜1615年)に廃城となった
- 考察・感想
- 公民館の所に城址碑が建っています。近くには土塁や堀も残っているようですが分かりませんでした
- 隣に高野瀬隆重が建立し、肥田氏の菩提寺となっている崇徳禅寺があります。資料館のようですが、ここの山門がなかなかいい雰囲気を出してます
- 駐車場
- 公民館の駐車場を借用
- 目標物
- 肥田公民館
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