金   ヶ   崎   城   


【城址碑】
別  名
所在地福井県敦賀市泉
築城年月延元元年(1336年)
築城者
主要城主
城郭様式山城
遺  構堀切
金ヶ崎城は天筒山の北西端の海に突出した所に築かれた城です

古くは南北朝時代の延元元年(1336年)10月、後醍醐天皇の命を受けた新田義貞が尊良親王・恒良親王を奉じてこの城に入城し約半年間足利勢と戦ったが延元2年(1337年)3月6日落城した

その後この城が有名になったのは戦国時代、朝倉氏が越前を掌握していた頃織田信長が元亀元年(1570年)4月朝倉義景討伐の軍を起こし、天筒山城・金ヶ崎城を落とし越前に攻め入ろうとした時近江の浅井氏が朝倉氏に味方し信長は急遽退却、この時金ヶ崎城に残りしんがりを務めてこの難局を救ったのが羽柴秀吉である

考察・感想
信長好きには感慨深げな城です。おお ここがあの城か!と思い進軍しました
思ったより遺構は少ないですね。造られた時期が時期ですから
駐車場
金崎宮の無料駐車場借用(約20台)
目標物  金ヶ崎城地図
金崎宮
月見御殿です。金ヶ崎城の最高地(86m)にありここが本丸であった 金崎古戦場碑です

尊良親王御墓所見込地です 三の木戸跡です

焼米石出土跡です。朝倉勢の兵糧庫があり、信長との戦いで焼け落ちその焼米が後に出土した ニの木戸跡です。この付近で激戦があったと言われている

一の木戸跡です 堀切です

模型です 案内図です

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