帰雲城は寛正の頃信濃からきた内ヶ島為氏が白川郷を押収し、最初向牧戸城を築きその後帰雲城を築いて移り住んだ
内ヶ島氏の4代氏理の時代、天正13年(1585年)東海・北陸・近畿に及ぶ広範囲の地域を襲った巨大地震により帰雲山に大崩壊が起こり帰雲城とその城下集落が一瞬にして埋設したと言われている
- 考察・感想
- 実際の帰雲城は庄内川の右岸にあったか左岸にあったかは分かっていない。説明文には堆積土砂から右岸と推定されている
- う〜ん どちらでしょうか。左岸の状態が全然分かりませんが、城下を造るにはある程度に平地がないと無理ですからね。当方も右岸説に賛成します
- ここには埋蔵金伝説があります。興味の有る方はスコップ持って現地へ
- 駐車場
- 城址碑前に無料駐車場
- 目標物
- 崩壊地
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