◆ 稲生原の戦い(名古屋市西区名塚町)


【古戦場跡】

【庚申塚】

「激戦地」
弘治2年(1556年)8月24日末盛城にいた織田信行は柴田勝家・林通勝を味方にし清須城の兄信長を討たんとしてこの地で戦いを挑んだ
信長は名塚に砦を築き佐久間盛重に守らせた
末盛城から柴田軍が稲生に向かい、林通勝の弟美作軍が那古野城から出陣すると信長も清須城を出て名塚砦に向かう
8月24日昼頃両軍は稲生一帯で開戦し、初めは信行軍が優勢であったが大将林美作が信長に討たれると信行軍は総くずれとなり柴田勝家は末森城に逃げ帰りこの戦いは兄信長の勝利となった
庚申塚は稲生原の戦いの戦死者を葬り祭った所である

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