長森城は渋谷金王丸が長森庄の地頭に任じられこの地に城を築いたのが始まりです
延元2年(1337年)美濃守護2代土岐頼遠が土岐郡大富より長森に居を移し長森城を改修し美濃国を治めた
江戸時代に入るとこの地は加納藩領となり以後幕府領・大垣藩預かり地と変わった
宝暦5年(1755年)安藤信成は父信尹の跡をつぎ加納藩主となったが翌6年陸奥磐城平に移封となったがこれは信尹の不行跡にともなう幕府の処置であった
その後老中となった信成は美濃国内で1万8千石加増され再び美濃との関係をもつにいたった
磐城平藩は美濃領支配のため切通村に陣屋を設け郡奉行2人・代官4人・与力5人・同心5人など22人が詰めていた
磐城平藩による支配は飛び地支配のため問題が多く文政8年(1825年)には長森騒動が起きた
切通陣屋は安藤氏7代にわたり67年に及ぶ支配を行ったが明治に至り廃藩と同時に廃止され笠松県に統一された
- 考察・感想
- 長森城は名前は良く聞くがどこにあるか分からなかったがやっと発見できた
- 切通観音があり地元のお年寄りの方がお参りに来てみえた
- 駐車場
- 無
- 目標物
- 切通観音
- アクセス
- 名鉄各務原線「切通駅」を降り南に進みます
- 最初の角を左折し、そのまま真っ直ぐ進むと右側にあります
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